【USTREAM】で世界に・・☆

2010-03-16


いよいよあかねとやよい、3月19日AM3:19に生まれてくるよ。

天使くんが、二人のベビーベッドに運んでくれるの。

ちゃんとVTRにも映ってくれるって。

ネット上で、3月19日AM0:00?『USTREAM』実況生中継するから、見てね。

http://www.ustream.tv/channel/akane-and-yayoi-my-babys 

そして、3月19日はヨゼフパパの祝日。

ヨゼフパパに、前もってのいっぱいの「ありがとう」を込めて・・

ヨゼフパパ、だいちゅき♪ クララより


【 第78章 】
イエズスの次の言葉を聞いてください。
「……二人には、一つしか心配がなかった。聖なる者、神から来た私にとって、今の土地ができるだけ住みづらくないようにすることであった。これは親、また信仰者の愛で、その愛とは、余分な仕事をして得た収入で買った小山羊、木くずにきざんだ小さなおもちゃ、自分たちの口には入れずに、私のためだけに手にする何がしかの果物にまでに至る、思いやりであった。地上の、私の愛する養父、あなたは神にどんなに愛されたことか。天のいと高きところにいます父なる神、この世で救い主となった子である神に、どんなに愛されたことか。……」

「……幼子であったので世間を知らなかった間、私は天国さえも懐かしく思わなかった。父なる神と霊なる神とは、私のそばに現存していたし、マリアは、神に満ち溢れていたからである。天使たちも、そこに住んでいた。なぜなら、その家から離れさせることは何もなかったからである。その上に天使の一人は、ヨゼフにおいて肉体となったと言いたいくらいであった。なぜなら、肉体の荷から解放されたかの人は、神と、その子とに仕えることだけに専念して、セラフィムたちが愛するように、神を愛することだけを何よりも気にかけていたからである。おお、ヨゼフのまなざし! それは地上の、この世の邪欲を知らない星のように、いつも穏やかで清いものであった。ヨゼフは私たちの安らぎ、私たちの力であった。……」
 あなたは幼いころの記憶はいつから始まりますか? 幼いころ、毎日どれほど父から愛情を注がれても、私たちは残念なことに、ある時までは全く記憶に残らず、その後もわずかに記憶しているに過ぎません。しかし、イエズスは違います。聖ヨゼフが与えてくれたすべてを憶えています。一生にわたって絶え間なく激しく燃えた、聖ヨゼフのいと清き御心の御子に対する愛をすべて知っておられ、今もすべて憶えていらっしゃるのです。そしてイエズスは、彼へのご恩返しを、聖ヨゼフを愛し、聖ヨゼフを通してご自分に願う人の祈りに応えることで果たしたいと強く望んでいらっしゃいます。それで聖ヨゼフのイエズスへの愛は、私たちのためにすべてを可能にしてくれるのです。これが聖ヨゼフのいと清き御心の御子への燃え盛る愛が持つ力の奥義のひとつです。ご自分を愛してくれた聖ヨゼフを、ご自分もどんなに愛しているかを人々に知らせたい。ご自分の愛する聖ヨゼフを人々にも愛させたい。これがイエズスの強い願いなのです。

 聖ヨゼフにとってイエズスはすべてでした。何の誇張もなく、偽りもなくそうなのです。イエズスは原罪をもって生まれた人々の中で、聖ヨゼフからの愛ほど純粋で、大きな、強い、熱い、深い、広い愛をだれからも受けていません。イエズスも人間の言葉で彼の愛を表現できないほどです。ただ私たちは天国に至ったとき、言葉という限られた媒体なしに直接に彼の愛を見、理解するしかないのです。それまでは聖ヨゼフのいと清き御心のイエズスに対する愛は奥義でとどまります。「愛する」という言葉の限界を人間はどうしようもありません。

 イエズスへの愛が持つ力の奥義を、聖ヨゼフそっくりの霊魂が、びっくりするような表現で言いあらわしました。そう。彼女です。幼きイエズスの聖テレジア! 「私に愛を与えてください。そうすれば私は愛で地球を持ち上げましょう!」といったのです。(もともとこれは「てこ」の原理に関する言葉でした)

 私たちには貧しい、弱い、小さな、不純な愛しかイエズスにささげられません。でもこの私たちの愛を、聖ヨゼフのいと清き御心のイエズスへの愛に載せましょう。私たちの火の粉のようにちっぽけな愛は、天国まで吹きあげられ、イエズスの玉座に運ばれます。そしてイエズスの愛は私たちに必要なすべてを与えて、すべてを可能にしてくださるのです。

 聖ヨゼフのいと清き御心の御子に対する愛を称えましょう。彼が幼いイエズスに、そして死ぬまでイエズスに尽くした愛のすべてが、永遠の炎となって燃えさかっています。私たちはもっと聖ヨゼフのいと清き御心に信心を持ちましょう。


【世紀の大うそつき女の人さらい(・_・)エッ..? クララの告白録8】
 3ヶ月くらい前にね、1ヶ月間、3人兄弟の子供を預かったの。一番上の女の子は7歳、あとの二人は男の子で、6歳と3歳。両親に傷つけられて、情緒的に問題があって、ジャン・マリー司祭がそのケアをするっていうことだったのね。もちろん、そのケアはみんなにも任されていたよ。その子たちは、特にお父さんによる傷が大きかったから、男の人になつかせるように、私は男の人に任せるようにって言われていたの。でも、できなかった。子供たちと一緒になって遊んで、それも子供たちに全部合わせてしまう。本当に注意しなくてはいけないのに、何も言えない。男の人に任せなさいって言われながら、寄ってくる子供たちをつき離せなかったばかりか、子供に合わせて接して、機嫌をとってしまう。そんな世間の価値観っていうのを見せて、結局子供たちには悪い影響しか与えないで終わっちゃった。ジャン・マリーの言う事に従順できなかったの。「自愛心だよ」って言われちゃった。自分が可愛くて、嫌われたくなくて、相手を見て、相手に合わせて行動しちゃう。本当は、相手のことなんか、これぽっちも考えてないのに。愛せないんだなぁ、ほんとに。
 一番上の女の子は、私にとてもよく似ていて、まるで自分を見ているようだった。お父さんからは、暴力によって抑圧されて、お母さんからは、先回りされて育てられたことで「自分は何をしたい」っていうのがなかった。まだ7歳だけど、すでに世間の価値観で生きてる子だったの。きっと、私も早い時期からそうだったと思うよ。まわりを見て、それに合わせて行動していた。「私はこうしたいの」じゃないんだね。‘こうしなきゃ’。「弟の世話をしなさいって言われたから、しなきゃ」「先生にこうしなさいって言われたから、しなきゃ」……。確かにそうしていれば、世間的には‘いい子’ちゃんで誉められる。でも、全部『義務感』で動いてるんだね。相手に向ける愛が原動力じゃない。自分に向けられた愛、なのね。愛されるっていうことを知らない子だった。だから、本当に愛してあげなくてはいけなかったのに、出来なかった。だって、私自身も愛すること、愛されることを知らないんだもん。悲しいけどね。同時に、その子は甘えることもしなかった。「甘えていいんだよ」って言ってもね。きっと、人を信頼することもできないんだと思う。信頼して、甘えることができない、どうやって甘えていいかもわからない。私がそう、だったから。‘しっかりして、いいお姉ちゃん’であることを求められて、そして応えてきたんだね。
 私のいとこで、マリー・レベッカおばさんの女の子がいるんだけど、その子も同じ。私と本当によく似ているの。しっかりして、いい子だったよ。でも、信頼して甘えることは出来ない、だから愛することを知らない。本当に愛されたことがないと思う。少なくとも、マリー・レベッカおばさんには、ね。私のお母さんとよく似てるからよくわかる。姉妹だもん。彼女たちの価値観を、私たちはかなりちっちゃい時から押し付けられてきたんだよ。いとこの場合は、教会、お祈り、共同生活、家事……。そして、女性は‘清く正しく美しく’、キャリアウーマンを否定して家庭に入るべき、とか婚前交渉なんて駄目とか……。わかるでしょ。いとこは「今どき婚前交渉しない、化石のような人なんていないよ。」って、言い返してたけど。小さい時から、無理矢理教会に行かされて、家でも長?いお祈りさせられて、よくわからない人と一緒に住んだり、まだ小学生も早い時期から一人でご飯作ったり……。いとこは大きくなって、教会を離れたの。当然だと、思うよ。にも関わらず、彼氏を家に連れてきたとき、「お母さんは、彼にカトリックの本を見せて話をしはじめた」って、「彼は完全にひいちゃって、恥ずかしくて嫌だったよ。もうやめて。」って言ってたよね。そりゃ、そうだよ。あつかましい、ただの押し付けだもん。いとこが嫌がってるの、知ってるくせに。相手の意思なんて、全然尊重してないでしょ。「愛してる」って、安っぽく振りまわしているけど、本当の愛じゃないんだよ。「子供を愛してる。子供のため」って言って、大うそ。そうやってちっちゃい時から縛りつけて、先回りして、子供を支配してる。そうやって私もいとこも、自分が本当に何をしたいのかわからなくなっちゃって、まわりを見て‘いい子’を演じてきた。そして気付いたらいつまでも親離れできなくなってたね。いとこだってそうなんだよ。同じように、私のお母さんもマリー・レベッカおばさんも子離れできてない。それどころか、私の両親なんて、大人になった今もなお、子供を支配しようとしてるんだよ。それも、可愛そうなお父さん、お母さんをしっかりアピールしてね。どんな顔してそんなことしてるか知らないけれど、恥ずかしいから止めて。本当に愛していたら、自由と尊厳を認めてよ。私はお母さんのペットじゃないんだからね。
 マリー・レベッカおばさんはね、家庭だけじゃない、この秋田でも同じことをしたの。人の意思を無視して、自分の価値観を押し付ける。あくまでも「自分が正しい」からね。彼女は‘清く正しく美しく’ないって思った人を見下してた。でも表面には出さなかったけど。すべて‘義務感’で動いて、愛からじゃないの。私のお母さんがしてきたように、自分は被害者で、他はみんなを加害者にしちゃう。「自分は正しいの、あなたが間違ってるのよ」って、勝手にそう思い込んでいる。そんな彼女の言葉や行動に、ここにいる人たちがどれだけ傷つけられたかわかる? 特に、軽い言葉、そしてあてこすりの言葉に、とても傷つけられて、ずっと苦しんでいた人がいたこと、知ってる?
 婚前交渉や性的な罪、盗みとか、してはいけないこと、神様のことを伝えたいっていうこと、確かにそれはその通り。でもマリー・レベッカおばさんの場合、根底にあるのは愛じゃないんだよ。掟とノルマが好きで、それを頑張ってする自分を愛しちゃってるだけ。そして自己満足。「ちゃんと掟を守ってるし、こんなにお祈りもいっぱいしたよ」って、神様にアピールしたいだけ。形だけで、「神ちゃまのこと、大好き!」っていう中身は何もないの。そんなことしたって、神様は嬉しくないよね。私が、お父さんやお母さんも含めて、本当に愛されなくて悲しかったり、寂しかったり、むなしかったりしたことと同じ様に……。
 それから、言わせてもらえば、マリー・レベッカおばさんが「?は、罪やねん。」っていうこと、クララはいっぱいしてきてるんだよ。結婚前にセックスもしたし、コンドームも使った。男性のペニスを口にくわえたこともあるし、不倫もした。その場限りのセックスもして、そのお返しにご馳走してもらったこともある。制服のスカートも短く切ってはいてたし、ミニスカートや肌を露出する服も着たよ。お父さんからお金をとったし、高校生でお酒飲んで警察に捕まった。うそもついたし、ねたんだり、傲慢で、ずるい。洗礼だって、「ここの教会で結婚式挙げたらおしゃれだよね」がきかっけだし、それ以降お祈りもしなかったよ。マリー・レベッカから伝わってくるのは、「?は罪やねん」ってことばっかりやっちゃったら、「神様に怒られちゃう」とか「怖い」っていうこと。でも全然違うんだよ。だって、こんなに罪だらけのクララでも、神ちゃまは呼んでくれてるんだよ。「こっちにおいで」って。「ありのままのクララを愛してるよ。」、そして「赦してるからね」って。今でも悪いこといっぱいしちゃってるのに、そんなクララを「可愛いクララ、愛してるよ。」って言ってくれる。クララも愛したいって思ったの。本当に愛したいって、思ったの。「神ちゃま、大ちゅき!」って。

ってことで、今日もマリー・マドレーヌのブログ、よろぴくね♪

http://ameblo.jp/marie-madeleine-rs/
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こんばんは~

楽しみにしています でも寝てるかも・・・・


明日、あさっては寒いので暖かくしてね~、
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